[ ちゃんとやります! ]

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    山種美術館

    kobayashi  2011年11月28日(月曜日) 18:09  
    こないだ、猫カフェに行ったのと同じ日に、山種美術館という日本画の美術館に行ってきた。

    ベストオブ日本画家、とでもいうべき特設展で、たくさん有名な日本画家の絵があった。よく歴史教科書の資料集で見るみたいな写楽とか、明治初期のでっかい屏風絵とか、そんな感じ。

    なんとなく色が薄くて、のっぺりした感じの絵がたくさんあるという印象しかなかったが。

    やはり、概ね近代以前の絵なので、我々近代人が考える「アート」性とは違うものを軸に創作されているように感じた。近代人の考える「アート」性とは、その作品が持っている魂ともいえる創作根源が、作品の見え面とは別に宿っている、ということではないかと。
    そういうものでないと、迫りくる迫力を感じられない、というのが近代人の頭の構造になっちゃってると思うが、とにかく、そういう迫力みたいなものは、どの作品にも感じなかった。

    要するに近代とそれ以前では、絵画の(アートの、と言ってもいいかもしれないが)基準が、少し今とは違ったのだろうと思う。

    西洋画でもそれは同じかもしれない。

    さて、今回、菱田春草という画家の作品が展示してあって、そこに「結城正明に師事した」とあったが、この「結城正明」というのが私の爺さんの爺さんである。なので、無粋な話だが、その名前を見つけてちょっとうれしかった。

    私は芝居なんぞをやっているし、私の父は、日本の伝統芸能である「能」と「狂言」の研究などを生業としているが、実は爺さんは絵描きでそしてその爺さんである、先の結城正明も画家であった。

    結城正明というのはかなりマニアしか知らない日本画家だが(現に菱田春草のプロフィールには載っているくせに、作品は一点も展示なし)江戸城本丸内の絵を描いたり、現東京芸大発足期の講師だったりとそれなりの画家だったようだ。

    狩野芳崖の弟子で、岡倉天心などとはたぶん兄弟弟子だと思う。

    親父が子供のころは、その辺の超有名画家の絵が何点かあったそうだが戦争で焼けちゃったのと、家が貧乏すぎて売ってしまったのとで、私の記憶にある範囲では、岡倉天心からもらったという、これまた日本美術史の有名人であるフェノロサの絵の具というのだけ見たことがあるくらい。それも、作品ではなく「絵の具」だからもう、うす汚れたチューブ状のものにカスカスになった粉みたいなものが入ってるだけの、なんだかわからないもので、それさえも、どっかの美術館にタダで上げてしまった。

    もう、モッタイナイオバケ100匹?に占拠されてもいいくらい、もったいないことをする家である。

    まあ、美術館に上げてしまう、という我が家の精神は好きだが。

    いや? 上げてないのかな? 謝礼ぐらいもらってるのか?

    くそぅ、俺にくれればいいのに。

    でも、まあ、誇れる血筋をもらってるので、まあ、いいか。






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    猫カフェの考え方

    kobayashi  2011年11月25日(金曜日) 10:23  
    先日、猫カフェに行った。

    山種美術館に日本画を見に行こうと、妻と歩いている途中、恵比寿で見つけた。
    で、帰りに寄った。

    妻はとにかく一度行ってみたかったみたいで、行く前からかなりテンションが上がっており、店に入ってしばらく、大はしゃぎであった。

    が・・・。

    二人ともすぐに冷めた。

    一言で言うと、「キャバクラ」とか風俗に似ている。

    よく女性が「彼女がいるのに、キャバクラとか行く意味が分からん」とか言うが、猫を通してその意味を知った。

    実は、我が家では猫を飼っている。
    猫カフェには猫はたくさんいる。そこそこに人間になれていてかわいいが、しょせんは他人?である。

    23匹いた猫のどれも、印象としては「そっけない」。

    性格の悪いウチのドラちゃんでも、さすがに飼い主に対してここまでそっけないことはないし(当たり前だが)、
    ドラちゃんと触れ合っている分には、一つ一つに、今まで積み重ねてきた歳月を感じて、また、そこがいいわけだ。

    猫カフェの猫と、我々夫婦の間には、何もない(当たり前だが)

    私も妻も、20分前後で冷め「早く帰ってウチのドラちゃんに会いたいな〜」と思い始めた。

    結論として、猫を飼っている人は猫カフェに行く必要はない(3度目の当たり前だが)


    猫カフェは、猫を飼いたいが何らかの事情で変えない人が行き、何度も通う中で、お気に入りの猫と仲良くなる、とういうところのようだ(現にそんな風情のお客がいた)。

    風俗は、彼女や奥さんが欲しいが、何らかの事情でモテない人が行き、足しげく通い大枚をはたくなかで、お気に入りの子を作っていく。

    う〜ん、再度、風俗に似ている。


    でも、一応猫カフェ業界の名誉のために、「我々が行った店が、たまたまよくなかった」可能性についても考えてみた。

    その店で一つだけ問題だったのは、「猫カフェ」の「カフェ」の部分が抜け落ちていた、といことだ。
    「猫ルーム」だった。

    カフェ、というのはそれないりにおいしい食べ物と飲み物がある、「人」がくつろげる空間のことを言うと思う。

    我々が行った店は、飲み物はマックバリにクリアカップに入って出てくるし、空間は「猫」には心地よさそうだが、人には全くいごごちの悪いところだった。

    20分ほどで我々夫婦がそわそわしちゃったのは、そういうことも関係しているだろう。

    逆に想像すると、カフェとしての体裁を整えている店なら、それ自体をそれなりに楽しめたろうから、20分そこそこで、そわそわしちゃうことはなかったかもしれない。

    などなど、考察した上で、1回の経験で恐縮だが、私なりの猫カフェ注意事項を。

    1、猫を飼っている人は、よほどの明確な理由がない限り、行かない方がいい。
    よほどの理由の例:飼っている猫とは別の特定種の猫を見てみたい、触ってみたい、そしてその猫がその猫カフェにいる事前情報がある。
    つまらなくてもいいから、とにかくどんなところか一度行ってみたい。など

    2、行く前にインターネットなどでよく調べ、カフェとしても楽しめるところを選択する。
    そうすれば猫の反応がイマイチだった時のダメージが少ない

    3、できれば付き合い始めのカップルはいかない。
    「ここでデートして正解だったのか?」というモワ〜っとした感じになったら取り返しがつかない。
    猫という気まぐれな動物にこれからの二人にとって重要な想い出の1ページをゆだねるのはリスクが高すぎる。

    4、3と同じような理由で、1人で行くのも多少危険である。

    5、できれば3人以上で行く。そうすると大概のことはなんとなく盛り上がれる。


    いろいろ書いたが、猫が好きでこれから飼ってみたい、なんて人は、一度行ってみるのはお勧めだ。

    猫を引き取ってもらうことを前提にしている猫カフェもあるようなので、興味のある人はいろいろ調べて
    行ってみてください。

    僕らはもう行きません。


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    便所の立札から考察

    kobayashi  2011年11月23日(水曜日) 08:52  
    「トイレの清掃中 ただ今男性社員が清掃中です」

    駅の女子トイレに上のような立札がある。

    最近この手のをよく見る。昔からあったかな? そんなことないような気がするのだが。

    昔からにせよなんにせよ、そもそもダメなんじゃないの?
    と、思ってしまう。

    用事があれば何でもいいのか? と。

    いや、モラリスティックな意味で言ってるのではない。

    なんというか、この中途半端さが、なにか事件を生んでしまうのではないかと。

    「トイレの清掃中 ただ今男性社員が清掃中です」
    「トイレの精密機械のメンテナンス中 男性がメンテナンス中です」
    「トイレの美化推進中 ただ今男性社員が監視しています」
    「トイレでの痴漢事件防止のため、痴漢ではない男性社員が24時間体制で監視中」
    「極秘事項のため内容は言えませんが、男性社員が常時監視中」
    「極秘事項のため理由は言えませんが、場合によっては個室も抜き打ち点検中」
    ・・・・

    用事があれば男性も入っていいとなれば、なんでもアリになってはしまわないか?

    たぶん性別を限定するとなかなか清掃員のシフトが確保できず、管理が面倒だからだと思うが、
    なんでそういうところを手を抜いちゃうのか?

    いや、私はフェミニストなわけではない、そういうことで言ってるんじゃないんだが・・・。

    なんか気持ち悪いのだ。

    そもそも「男性社員が清掃しています」から、なんなのか?
    「いやなら入るな」という意味なのか? というのも気になる。

    こういうことで日本人論を語るのはあまり好ましいことと思わないが
    「だから、○○してください」と明確に示さないのは、どうも日本人の特性な気がする。

    極端なことを言うと「嫌な場合は入らないでいいですよ」と書いていないと、「嫌だ」
    という感情を持ってはいけないことなのではないか?と変な気を使う人は思うのである。

    書いていないんだから明確に言ってないのだが、そういうチョイス自体がありえない、
    という印象を与える。
    これが「書かない」ということの、極論、日本人のずるさのような気がする。

    そして、変な気を使う人はイヤイヤながら入ってしまう。いや、大半の日本女性は入ってしまう。

    で、なにか起こってしまう。

    そうすると駅側はこういうのだ

    「嫌なら入らなければいいのに」

    ・・・そんな気がする。

    ここまで考える私は考え過ぎとは思うが。




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    猫がなついてきた

    kobayashi  2011年11月20日(日曜日) 12:57  
    今までも、別に無視されていたりしたわけではないが、最近、猫が今までよりなついてきた。
    もう飼いだして3年以上経つから、「え?今更?」とお思いかもしれないが、
    うちのヤツは、5か月くらい野良生活をしていたので、そもそも飼い主になれるだけでも時間がかかった。普通になでたりできるようになるまで半年以上かかった。もともと人懐こい性格ではないし、6月、引っ越した際、私が嫌がるのを無理やり捕まえて
    ケージに入れたのがトラウマになったようで、いったん慣れてきていたのが、一度ちょっと後退した。そんなこんなで、私などは家にいる時間が少ないので、ついこないだは、会社から帰ると毎晩「誰だ?」みたいな顔をされていた。

    それが最近、帰宅すると、まあ、普通に鳴いたりしながら、スリスリしてくる。

    理由は明確で、最近、遊んでやるからである。

    食後、ゴムひもの先にピンポン玉がついたみてえななんか変なモノを適当に振り回してやる。ヤツはそれにアホウみたいにとびかかっては、じゃれつく。これを15分くらいやると、なんらかすっきりするみたいで、それで、ヤツは私を「有益なヤツ」と判断したのだろう。

    猫なんて単純だ。

    と、言ってみて、ふと、考える。

    ヤツは言葉がワカラナイ。また、お金の価値もシラナイ。
    だから、私がいくら耳触りのいいことを言っても惑わされないし、お金でツルこともできない。
    だから「こいつは自分のために、何をしてくれるのか」という行動しか見ない。それだけで信頼するか否かを判断している。

    で、ここまで考えて。

    人間も結局同じ、いや、同じであるべきなのではないか、と思うのだ。

    耳触りのいい言葉で相手が信頼にたるか判断しようとするからだまされるのである。

    お金をくれたらいい人と思っちゃうから、ひどい目に合うわけだ。

    猫の、少なくともウチの猫の思考は間違っていない。

    相手が信頼に足るかどうかは、そのモノの行動だけで判断するべきだ。

    そして、自分が他人に信頼されたい、と思う時も、それを基準に考えるといいのかもしれない。

    まあ、いずれにせよ、ウチのドラちゃんは、かわいい、という話です。

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    ランチイベント

    kobayashi  2011年11月15日(火曜日) 11:24  
    バーガーキングの「ワッパー食い放題」に行ってきた。

    11月1日〜15日のキャンペーン。もともと、行くつもりで今日、休みを取った(今務めている会社は年中無休で土日は出勤必、な会社。ランダムシフトで、平日にお休みを取る感じです)。

    14:00からのイベントなので、13:00過ぎに家を出て、奥さんと
    一緒にゆっくり散歩しながら恵比寿ガーデンプレイスのバーガー
    キングへ。

    最初にセットを注文した時にレシートの打刻時間から30分以内
    という制限があり、おかわりを注文、調理する間の待ち時間は、
    その制限時間に含まれてしまうため、なるべく空いている時間が
    良いだろう、とその時間を狙った。

    さて、注文して出てきた、ワッパーのLセット。奥さんは普通の
    バーガーサイズのワッパージュニアのMセットを注文したので、
    比較してみたが、ワッパーは結構でかい! 普通のバーガーの
    1.5倍はある感じ。食い放題なんだから、最低でも3個は食いたい
    なあ〜 と思ったが、多少ビビってしまった。

    とにかく、かぶりついたが、ビーフが炭火焼?テイストでこんがり
    焼かれていて、香りがあり、うまい。とにかくでかいバーガーなので
    食べごたえもあり、悪くない。確かバーガーキングって自分が学生
    のころ、20年くらい前に初上陸して、一度撤退して、最近、再度上陸
    してるっていう経緯があったはず。根強いファンがいたのではないかと
    勝手に想像してしまう、なかなかのテイスト。

    そんなこんなで食べてみるとうまいので、結局3個を完食。

    1回目のおかわり時にかなり待たされたので、制限時間もいっぱい
    だった。

    ただ、4個目いってたら、もう、苦痛になってたかも。3個までは
    おいしく食べれた。

    で、隣のクリスピードーナツでデザート。まだ食えるのかよ!
    と思ったが、食えた自分。しかし、消化器系は限界です!

    今日行ったのは先述のとおり、恵比寿ガーデンプレイスの
    地下一階にあるお店だが、バーガーキングとクリスピードーナツ
    が同一敷地内にあって、ガーデンプレイス内の外資系企業の外人
    が来てたりして、さながらリトルアメリカ。店員がもし全員外人
    だったら、もう、海外旅行です。

    ちなみに、クリスピードーナツってのが、なんで日本上陸の時にあんなに
    大騒ぎになったのか、私にはいまだにわからない。

    メチャクチャ甘いだけの普通のドーナツ、なだけで、メニューも
    ミスドの豊富だし、ちょっと変わったドーナツ、ってことなら
    ドーナツプラントの方がバリューがある気がするのだが。

    ただ、あの当時、並んでる時に配ってるできたてのプレーンドーナツ
    はうまかった!
    でも、注文するドーナツはすごく甘いミスド、としか思えない。どんなもの
    でもでき立てはおしいわけで。凄腕のPR会社がついてたのか、社内にそういう
    ノウハウがあったのかわからんが、日本上陸の時のプロモーションがうまかった
    ということだろう。

    話はそれたが、なかなか楽しいイベントランチ&おやつだった。。

    今日は晩ごはんはいりません!

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    いろんな事情で ショウジョウジダイを終えて・・・その2

    kobayashi  2011年11月05日(土曜日) 02:50  
    ショウジョウジダイを終えてしばらくして、私はいつもどういうつもりで作品創作をしているのか、ということについて再認識することがあった。

    最近読んだ本に、こういうことが書いてあった。「もしあなたが、お金がいくらでも出てくる打出の小槌をもっていたら、何を目標に生きますか?」

    ふと、「『生きているだけでラッキーですよ』ということを、皆に伝えること」と思い浮かんだ。

    この本は人生の成功ノウハウを語る本で、「お金のことばかり考えているから成功しないのだ、本来の人生の目標を目指せば成功する」みたいなことを言いたくて上記の文章が出てくる。いやいやそんなに簡単ではないだろう、ずいぶん無責任な成功ノウハウ本だ、とも思うが、この質問は、自分がなぜ表現活動をやっているのか? ということを考えるきっかけになった。

    以前も何かで書いたが、小学生の時に5歳年上の私の兄が死んだ。兄は中学生になったばかりだった。兄はとても優しくて、争いを好まなかったし、弟を顎で使うようなことは一切なかった。変な表現だが、非常に「人格者」な子供だった印象が強い。兄がそんな人間だったので、私と兄の間ではっきりと競争が行われたことはない。しかし、私には相応のライバル心はあったようで、それが兄の死後に出てきた。

    以来、私のライバルは常に「死んだ人」である。

    私からすると、「死ぬ」というのは「勝ち逃げ」である。いや、死の直前に勝っていなくても、死ねばめったなことがない限り悪口は言われないし、悼まれ、慈しまれる。そう、「勝ち逃げ」でなく「逃げ勝ち」である。生きている方が絶対に大変で偉いのに、いつも死者ばかりが尊ばれる。そんなことに、小さい時から憤っていた。

    要するに私は生きている人には頑張ってほしいのである。
    と言っても、これは通常の慈愛や博愛と異なっている。生きている人に「生きていてよかった」と言ってもらわないと、私は結局兄に負けたことになる。私はそれが嫌なだけなのだ。

    目の前にいる人には、その時だけでも何としても楽しんでもらわないことには気が済まない。しかしそれは、目の前の人が楽しんで、「生きててよかった」と思ってるポイのを確認して、最終的に自分が安心するためである。

    非常にわがままな慈愛である。全く社会性がない。
    社会性はないが、とにかく目の前の人を楽しませることに関しては、人一倍の動機と探究心がある、ということだ。

    まあ、とにかくこんなだから、私は死ぬまで表現活動をやめないのでなはいか。「逃げ勝ちした死者」との勝負は自分が死ぬまで終わらないからだ。

    ということで、今後もたぶんずっと続けると思いますので、皆様よろしくお願いいします。

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