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    俺ら東京さ行ぐだ

    kobayashi  2011年12月04日(日曜日) 17:58  
    ニュース
    諸星和己が吉幾三“カバー”「地デジの対応なってね〜」

    だ、そうである。

    諸星和己がその続編曲(?)を作詞、発表し話題になっているようだ。

    諸星和己という人は、ヒカルゲンジのころはあまり好きではなかったが、その後あんまり売れなくなってからは、理由はないがなんとなく好感が持てるようになった。

    そして、今回の件で、さらに私の中で、彼の評価が上がった気がする。

    なぜなら私は「俺ら東京さ行ぐだ」という曲が好きだからである。



    いや、カラオケとかで歌うわけではない。というか、歌ったことはたぶんない。

    この曲の構造が、そのリリース当時から自分に響くものがあり、気に入っているのである。

    この曲は田舎者の青年?が東京への夢と希望を語る、という、概ねそういう内容になっている。
    東京は素晴らしい、俺はいつか必ず東京に行って一旗揚げるんだ!というわけだ。

    内容はない。延々、その、その青年の田舎への愚痴と、東京への想いをおもしろおかしい調子で語っているだけである。

    しかし、秀逸な部分が一か所だけある。

    さんざん、青年の東京への想いを歌い上げ、いかに青年が東京に憧れているかを並べたてながら、最後の4秒、ラストワンフレーズで、オチ的な笑いを誘いつつも
    その青年の、いや、人間の未来への願望の実態というものを突き付け、考えさせる部分である。

    オラこんな村ぃやだぁ〜
    オラこんな村ぃやだぁ〜
    東京へでるだ〜
    東京へ出たなら、ゼニコぁ貯めて

    東京でベコ(牛)飼うだぁ〜

    この「東京でベコ(牛)飼うだぁ〜」である。

    もちろん「おいおい、わざわざ東京まで出て、牛飼うのかよ、意味ねえじゃん(笑)」というオチでもある。

    が同時に、人間の願望というのは、現在の自分を起点にしか考えようがないのだ、という時空的な限界を語っているのである。

    いくら未来の願望を語っても、それは現在の願望である。未来になって、そもそも現在とベースになる前提自体が変わってしまったとき、自分がどんな願望を持つのかまでは想いが及ばないのである。

    いくら限界なく羽ばたこうと思っても、今の自分の器、という牢獄から逃れられない。
    それこそ人間の煩悩の一つの様相であり、アホなことばかり言っていた歌が、ここで一気に仏教的思想にまで昇華する。脅威の大どんでん返しのワンフレーズだ。

    いやいや、そこまで考えるのはあんただけだよ、とお思いの方もあろう。

    しかし、全体的にあんなに意味のない曲が、あそこまでヒットしたのには、今の私の文章ほど明確でないにしろ、あのワンフレーズで何か深いものを感じる人が、少なからずいたからだろうと思う。

    そして、じゃあ、この曲の作詞・作曲家でありパフォーマーである吉幾三はそこまで考えていたのだろうか?

    感覚的にであって理論的にではないかもしれないが、幾三は確実にそこまで狙って書いた、と私は確信している。

    なぜなら私も「笑い系」のクリエイターの気持ちがわかるからだ。

    気持ち、というか、「笑い系」のストーリークリエイトをする際の、パターンがわかるから、である。

    やべえ、「俺ら東京さ行ぐだ」でここまで話が長くなってしまった。。。。。

    続きはまた今度。俺ら、会社さ行かねば。


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