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    物語は等価に向こう側にある

    kobayashi  2013年7月16日(火曜日) 21:18  
    自分で書いたアホな話で、アホみたいな役で出演して、ただの出たがりのアホの、大食いだと思われていても困るので、いや、困らないのだが、一応主宰なので、困るとして言うけど、実は私は、大学時代ちゃんと演劇の勉強もしていたのである。
    演劇の授業の単位を取ったり、演劇の内容で、卒論とかも書いているのだ! エッヘン!

    卒論は、「竹内銃一郎」という劇作家についての研究論文だった。

    1970年代くらいから活躍し始め、今もほぼ現役の、劇作家・演出家だが、当時、私の一番好きな演劇人であった。

    竹内銃一郎の言葉で、私が一番好きなのは「物語は等価に向こう側にある」という言葉だ。
    「だから、役者は(スタッフも?)物語を自分の方に持ってこようとせずに、物語の方に歩み寄っていかなければならない」という文脈で語られていたと記憶している。

    この「等価に」というのが重要で、私なりの解釈だが「誰にとっても、同じように」という意味だと思う。

    例えば。「おばあちゃんが死んだ」という登場人物を演じることになったとして、「自分もおばあちゃんが死んだ経験があるから、わかるぞ」と思ってはいかん、ということなんだと思っている。

    物語である以上、それは絶対にこの世の原理で測れないもので、「その物語の中での『おばあちゃんが死んだ』という経験」は、決してこの世で経験できるものではない。
    その意味では「おばあちゃんが死んだ」経験のある役者も、そうでない役者も、さして、その物語との距離は大差ない。
    だから、自分の経験と単純比較して、簡単には考えてはいかん、と。

    ありえないものを創りださなければいけないわけである、我々、クリエイターは。

    そういう、強い意志を、この言葉に感じたのである。

    20年近く前。大学時代の話だ。

    それ以来、そういうつもりで、物語創作にあたっている。

    ただ、自己評価なので、定かではない。

    もし、お客様が見て、「ありえない何か」を感じてもらえれば、きっと、それは、そうなっている、ということなのだろう。

    今度の作品も、そう感じていただければ、至福の歓びなのだが。

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